京都エイブルワイズメンズクラブ ―ブリテン―
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2010.3

第20期9号

NO.237


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三役
会 長/片ケ瀬重雄
副会長/砂地一廣、
    上澤正廣
書 記/大山裕巳
    白濱廣史
会 計/梅谷隆雄
    大場 朗
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「エイブルクラブ20周年を祝う」
元エイブルクラブ会員 初代会長 辻 健太郎

 京都キャピタルクラブより、京都南部(宇治)方面にワイズ活動「可能性を求めて」を合言葉に10名が発起人として、京都エイブルクラブが誕生しました。
 発足の翌年には、最大44名のメンバーを要した時期もありましたが、年々経済状況が芳しくなく会員が徐々に減少しました。15周年記念例会には5名の有能なメンバーを輩出し、子クラブ(東稜クラブ)が誕生いたしました。その後、ホームの例会場、醍醐プラザホテルも閉鎖される内にも、奉仕活動を続けられ地道に地域に活動された事の積み重ねが、20周年記念例会の開催を出来た大きな要素と確信致します。
 そして手造りの記念例会、講師にお招きした特別講演も素晴しく、式典もスムーズに進行され大変意義ある例会を挙行された事に拍手を送り、多数のご来賓、内外のYsメンズの方々が祝福に駆けつけて戴き、盛大に開催されましたメンバーの方々に敬意を表します。更に25周年記念例会の素晴しき企画に向かって出発されます様、心よりお祈りします。
20年祝会に参加して
元エイブルクラブ 第2会長 塩田 吉隆

 京都エイブルクラブの20年祝会に、京都ホテルに集まった仲間達との再会が懐かしくうれしかった。私が、キャピタルクラブの最後のチャーターメンバーとして入会後、エイブルクラブチャーターと共にエイブルクラブへ移籍、その後、20年間のワイズ活動に区切りをつけて退会して5〜6年になると思う。
20年の年数の分だけ、クラブを超えた友人知人が多く、他クラブの人たちの中に顔なじみの人が何人もいて、みんな懐かしそうに声を掛けてくれ、あちこちで思い出話に花が咲いていた。
 韓国中都クラブの趙さんが来ておられたので、久々に懐かしくお話をさせてもらえてとてもうれしかった。IBCで何度も韓国へ行ったり、来てもらったりしたことを昨日の事のように鮮明に思い出した。翌日、伏見稲荷大社へお参りに連れて行ってあげようと思い、来てもらったが、クリスチャンのメンバーがいて、お参りしたくないというので、境内をぶらぶらしただけで終わったのは、何か拍子抜けで少し残念だった。文化のちがいも感じざるを得なかった。
 延々と続く、えらいさんたち(?)のスピーチの形態は、何年たっても変わってないんだな、なぜ何人も何人も同じような挨拶をさせるんだろうか?最初に全員にワインの1杯づつでも振舞っておけば、まだ我慢して席に座っておられるのになあと、余計な事を考えながら食傷気味に聞いていた。
 失礼な意見だと思われるかも知れないが、ワイズをやめ、自分の思い通りの人生を本音で生きている私には、とても苦痛な時間だった。片ヶ瀬会長の挨拶が、本音が良く伝わり一番良かったと思う。
 老婆心ながら、出席してくれているお客様を「もてなす」という心を忘れず、「愛にもとづく自己研鑽の場」であることを、メンバー全員が常に原点に戻り、確認し、本音で生きられる芯のある素晴らしいクラブに成長していってほしい。
20周年記念例会に参加して
  西下基美・正子

 京都エイブルワイズメンズクラブ20周年記念例会にOBとしてお祝いにメネットと共に出席させていただきました。
 現在少数のメンバーですが盛大な記念例会を開催され感動しました、来賓の宇治市長をはじめIBC中都クラブ、DBC富士クラブ等各方面からの多くのワイズメンから祝福されたエイブルらしい記念例会を充分に楽しませていただきました
 片ヶ瀬会長をはじめメンバーの20年の実績と実行力が結びついた結果だと思っています。
 私達は久しぶりに現メンバー、メネットまたOBの方達と他クラブのメンバーに接し有意義な時間を楽しく過ごしました。
 帰宅後記念誌を開き改めてメンバーと過ごした想い出に浸っています。
 今後、更なる発展されることを祈っております、又、機会があれば参加させていただきます。
 
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